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いろいろ考えてしまうのは、くせだ。 

京極夏彦を読んでいる。
もともと読書は好きなほうなのであの厚い文庫本を持ち歩くことも苦にならない。

けれど、京極夏彦は危険だ。
あの言葉の選び方と世界観におぼれそうになる。
むしろ、おぼれたくなる。

彼の世界観はあまりに強い。そして、深い。
そしてその確固たる世界観に浸ることは心地よい。

私が危険だと思うのは、確固たる世界観に浸ることで、
自分もそのような深い世界観を得たように、
深い人間になれたような錯覚に陥ることがあるのではないかということだ。

これは京極夏彦に限ったことではなく、
本に限ったことでもなく、
強い世界観や価値観を持った人に出会ったときにも同じことを感じる。

その世界観を愛することや尊敬することはとても素敵だと思うけれど、
その世界観を持っているのは自分ではないわけで、
ということはまるまる自分の世界観にすることはできない。
ただただ受身ですばらしい・こうなりたい、という見方でいるのではなく、
自分はどう考えるのか、自分の価値観・世界観とは何なのかを、
しっかりと意識的に考えていきたい。生きたい。
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